兼定興産社史 (30) 世代交代へ向かって 2
先代社長の急性膵炎は快復しました。しかしその数ヶ月後に胃ガンが発見されます。
私たちへは医者から余命10ヶ月と宣告され、直ちに手術を行い一時回復しますが、昭和55年(1980年)10月に他界します。結局先代社長と私とが一緒に仕事をしたのは約1年半です。
しかしながらオイルショックの激動の時に一緒に仕事をすることで、いろんな勉強ができたと今では考えています。
葬儀(社葬)には旭化成始め多くのお客様、仕入先や関係者に来ていただき、当時本当に感謝したことを覚えています。
ただ仕入先の中には、「自社の焼香順番は何番目ですか?」と聞いてきて他社よりも先に焼香をしたいという我が儘な会社も出てきます。
考えた末に、兼定興産の商売の原点である農協(JA、農協業同組合)の久留米市農協(現JAくるめ、久留米市農業協同組合)の城島嶽行組合長へ最初に焼香していただきました。また葬儀委員長には、社長の戦後すぐからの友人で、久留米商工会議所副会頭を務めた九州段ボール社長の野口様へお願いいたしました。

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| けんおじ | 創業60周年 兼定興産社史  | 22:02 | comments(0) | trackbacks(1) | - | - |
兼定興産社史 (29)世代交代へ向かって 1
私が兼定興産へ入社したのは、25歳位のときです。頭では解っているつもりでも、まだまだ実社会のことは未経験同様です。
先代社長の病気は急性膵炎だったので徐々に快復しますが、直ぐには出張出来る体ではありません。お客様へ電話や手紙で、「愚息が私の代わりにご挨拶へ出向くのでよろしくお願いします。」と挨拶をした後に、私がお客様へご挨拶へ出向きました。
旭化成延岡や日本パルプ日南等多くの会社では、思い返せば本当に親切にしていただきました。
また、今までわだかまりのあった会社へは、礼を尽くして「これからは、弊社や愚息をよろしくお願いします。」と言って修復をしていきました。
ただそうは言ってもオイルショックの真っ直中です。先代社長の病気が快復に向かうと私の運転する乗用車に乗り込み、一緒に旭化成、王子製紙、中越パルプ、出水製紙等を訪問しながらお客様へ値上げのご挨拶をして回りました。
下の写真(文章)は、私が初めて旭化成延岡購買へご挨拶に伺った折りに皆さんからお世話になり、そのお礼のための文章を旭化成へ送ったときの控えの文章です。
お礼状


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兼定興産社史 (28)私の兼定興産への入社
私は昭和53年に山口大学工学部資源工学科を卒業しました。
大学時代は山岳部に所属したので、極地研(文部省管轄)へ入り南極へ行きたいと思っていましたが、卒業時に社長である父が病気がちになり極地研への夢は諦めました。
しかし当時の就職担当の教授は、「南極へ行きたいなどと馬鹿げた事を言うような学生には、就職の斡旋などせーへん。」と言い就職の世話をしてもらえません。父も担当教授に「就職斡旋の機会均等をお願いします。」と頼みますが無駄です。
専攻が資源であったので、父のコネで当時の日本石灰工業所へ就職することが出来ました。
しかし父の病気等があり、結局日本石灰での勤務は約1年で終わり、昭和54年2月に兼定興産へ入社することになります。
ちょうど第2次オイルショックが始まった頃です。

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兼定興産社史 (27)日セメの生石灰の拡販と操業停止
八代に日セメの石灰工場が出来きたことで、南九州方面のお客様へは、運賃をあまりかけることなく価格提案をすることが出来るようになります。
弊社は、日本パルプ日南工場へ日セメの生石灰納入の提案をして受け入れていただきました。(ちょうどこの時期、交通の難所であった「加久藤峠」にループ橋が掛かり更に時間短縮にもなります。)
また出水製紙や福岡市下水道へも中和用として集塵生石灰を販売出来るようになりました。
しかしながら日セメ八代の石灰工場は、なかなか販売量がアップしません。熊本石灰工業の販売は、出資会社への肥料関係石灰の販売が主なので望むべくもありません。
弊社は販路拡大に努力しましたが、結局原油の値上がり等の原因で数年後に、日セメは操業を中止してしまいます。

日本セメント消石灰工場完成の新聞

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兼定興産社史 (26)日本セメント八代工場(熊本石灰工業)との取引開始
旭化成延岡へ納入している弊社OEMの生石灰についても、今後更に軽油価格が上がると自社運賃も上昇し、OEM委託メーカーが直接輸送をすると言う可能性も大です。
旭化成購買は、あくまでも兼定と旭との取引なので、OEMメーカーとの直接取引は絶対に行わない、と言っていただいていましたが、価格の折り合いがつかなければどうしようもありません。
また原点である生石灰ダストの入手先も限られ、発生量も多くありませんでした。
このような様々な問題を抱えていたときに、日本セメント八代工場の石灰工場が稼働し始めました。
先代社長(私の父)は、日本セメントが生石灰を製産する情報を得ると、日セメに取引の交渉をすることになります。
日セメとしては、直接弊社と取り引きすることはできないので、熊本石灰工業への出資企業を通じて兼定興産へ販売することになりました。
ここでやっと新たな玉を得ることができました。

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| けんおじ | 創業60周年 兼定興産社史  | 05:29 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
兼定興産社史 (25)日本セメント八代工場の石灰製造
第1次、2次オイルショックにより日本中のメーカー、工場が省エネに取り組まざるを得なくなってきました。その中でもエネルギー消費が大きなセメント業界は、効率の良いセメントプラントに製産を集中して、効率の悪い小規模のロータリーキルンを持つ工場は、セメントの中継基地やセメント包装工場へと転換しキルンの休止を行いました。
日本セメント(アサノセメント)も同様な政策で、小型のキルンを停止しました。
そこで日本セメントは、八代工場で停止したキルンの有効活用のために生石灰焼成を計画します。セメントメーカーにとっては小さなキルンでも、石灰焼成メーカーにとっては大規模なキルン(石灰メーカー)の出現になりました。
石灰協会は大規模なメーカー出現に猛反対します。もともと紳士的な企業であった日本セメントは業界や地元の意見をある程度受け入れて、八代に熊本県内石灰業者5社で熊本石灰工業蠅鮴瀘し、熊本石灰工業のみへの販売でスタートすることになりました。


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兼定興産社史 (24)兼定興産のオイルショックの影響 2
私が兼定興産へ入社した年は原油価格の値上がりで、いろんな商品が値上がりしました。
当然生石灰も重油を大量に使用するので、各お客様への値上げ行脚が続きます。
ただ、お客様も値上げを認める訳にはいかないので、なかなか交渉がまとまりません。値上げ額が決定しないうちに、次の値上げ交渉を行うことになり、売る方、買う方ともに大変な作業の時期でした。
弊社の場合、特に旭化成延岡については、お互いにかなりハードな交渉でした。
弊社は生石灰パウダーを山口県美祢市から延岡まで(約250Km)輸送しますが、競争相手である大分地区の石灰メーカーは、延岡まで70Km位しか離れていません。兼定興産にとっては運賃コストが重くのしかかってきます。だんだんと利益の幅が少なくなります。
当初OEMで喜んでいた委託メーカーも、この頃になると「トラック運賃があわないのであれば、トラックを自分たちに渡してマージンだけを貰ったらどうですか?」と言うような甘言を言ったりします。何かにつけて直接お客様と接したがります。兼定興産としてもさらに新たなビジネス戦略を練る必要が徐々に出て来始めました。

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兼定興産社史 (23)兼定興産のオイルショックの影響 1
兼定興産としては、1次オイルショックの頃はまだ大型トラックでの自社輸送が本格的に稼働していませんでした。しかし2次オイルショックの少し前から自社の大型スクリューローリー車で、出水製紙(鹿児島県)や旭化成(宮崎県)等へ納入を開始していました。ガソリンスタンドは、過去の軽油使用実績の何割という形でしか軽油を給油してくれません。兼定興産は本格的な輸送を始めたばかりなので、実績が無くトラックを走らせることができません。
しかし当時取引を始めさせて頂いていた九州宇佐美の方に事情を話すと快諾していただき、給油が可能になりました。この方は現在九州宇佐美全体の責任者として重責を担ってあります。
また取引を再開しつつあった石灰焼成メーカーの位登産業も事情を察していただき、ドラム缶入りの軽油を大量に分けていただきました。
私が兼定興産に入社したのが昭和54年(1979年)2月ですが、ちょうどこの頃から油の価格が大きく値上がりし始めました。

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兼定興産社史 (22)オイルショックによる様々な影響
1971年8月、アメリカのニクソン大統領が米ドルとゴールドの交換を停止すると発表し、為替相場は大揺れに揺れました(ニクソンショック)。それまで、1ドル=360円で取引されていた固定相場制は崩壊し、その4ヶ月後の年末には314円までドル安、円高になりました。その後もドル安はじわじわと進んで1973年(昭和48年)初めには300円台に達してしまいました。その間、日本は何度も市場介入をし、米ドルを買い支えていましたが、アメリカからの資金流出は止まらず、戦後から続いた固定相場制から変動相場制に移行しました。米ドル/円が変動相場制に移行したと同時に250円までドル安、円高になりましたが、その年の秋に「第4次中東戦争」が勃発し、「第1次オイルショック」の始まりとなりました。(参考資料:第1次オイルショック(1973年):http://www.hofuku-zensin-ol.jp/fx/2006/02/post_47.html
さらには、1978年(昭和53年)後半から、イランのパーレビ体制の崩壊も絡みながら、「第2次オイルショック」が始まります。
エネルギー消費型の産業は、エネルギー確保に必死になります。業種としては、製鉄、セメント、石灰製造、電力会社、化学コンビナート、運送事業等多岐にわたります。
兼定興産も、石灰のOEM(パウダー生石灰)や卸が中心で、尚かつ自社トラックでの輸送をしています。自社及び周辺部で様々な動きがうねって来ることになります。

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兼定興産社史 (21)パウダー生石灰の発明 4.
パウダー生石灰の発明と旭化成延岡工場への合理化の提案によって、弊社は昭和53年8月に、旭化成延岡レーヨン工場長から感謝状を頂くことになりました。
この感謝状については、延岡支社購買担当の浜田様はじめ多くの方の力添えがありました。
この感謝状と記念品(壁掛け時計)は、現在でも兼定興産の事務所に掲げています。

旭化成からの記念の時計
約30年前に感謝状と一緒に頂いた時計です。右側面に「贈 旭化成工業株式会社」と金文字で書いてありますが色が薄くなり読みにくくなっています。

旭化成レーヨン工場からの感謝状
旭化成工業延岡レーヨン工場長からの感謝状です。

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