兼定興産社史 (15)福岡市下水処理場への販売
YSKの集塵生石灰の一手販売を引き受けたものの、一日の発生量は10トン以上になります。とても兼定興産一社で販売できる数量ではありません。
そこで熊本県内や福岡県内の複数の石灰卸業者へ分けてあげることにしました。
それでも集塵生石灰をさばききれません。
そこでこの集塵生石灰を弊社の工業関係のお客様へ出荷する努力を始めます。
第一に出水製紙に購入していただくことが出来ました。当時製紙業は酸性液剤の使用が多かったので、廃水処理ではアルカリで中和する必要がありました。それまでは消石灰を液にして中和していましたが、集塵生石灰を液にして消石灰乳液にすることを提案して合理化の一助になりました。
また当時(昭和48年ころ)は第1次オイルショックのころです。この時期は石灰焼成のための燃料も毎月毎月値上がりしていた時期です。当然、石灰の価格もものすごい勢いで値上がりしていました。
父はこの時仕事上のつながりで、三共有機の吉田忠幸社長にお会いすることが出来ました。
当時の三共有機は、福岡市の下水道汚泥の処理のシステムを作り上げ、市から汚泥を引き受けて有機酸汚泥肥料を生産していました。
当時の汚泥の脱水処理は、消石灰と塩化第2鉄で処理をしています。しかし、福岡市へ消石灰を納入している業者・メーカーはオイルショックで製造原価が上昇し、赤字になっているにもかかわらず、入札契約なのでなかなか中途値上げを認めてもらえない状況です。
そこで、吉田社長の推薦で脱水方法を消石灰から集塵生石灰へと転換をすることで、購入コストを抑えることにして、これ以降兼定興産の集塵生石灰が下水処理場へと納入されることになります。

兼定興産のホームページ
http://urban-green.jp/
も覗いて下さい。 「屋上緑化」が満載です。
| けんおじ | 創業60周年 兼定興産社史  | 17:27 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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