兼定興産社史 (18)パウダー生石灰の発明1.
この当時、集塵生石灰はいろいろな工場で使用していただいていましたが、一番迷惑を掛けることになるのが旭化成延岡工場でした。この時旭化成は消石灰から集塵生石灰へとプラント施設を変更して、順調に集塵生石灰を使用していただいていましたが、順調稼働して1年位の内に集塵生石灰が無くなることになります。
弊社社長は、旭化成に事情を説明しつつ次の手だてを考えます。たぶん旭化成延岡にとっては、新たに構築しつつあった石灰の購買戦略が崩れることになります。この時は、旭化成の購買担当者でまだ30歳代だった川井氏も一緒になって悩んでもらったようです。父は悩んだ末に、「生石灰を微粉末にして、集塵生石灰や消石灰と同じ粉末にする。」ことを思いつきました。
当時の生石灰は、塊状や粒粉混合品しかありませんでした。また当時の粉はメッシュ(粒度)が荒く、とても消石灰のような60メッシュ・アンダー品は存在しませんでした。
生石灰を微粉にするためには、ミル(微粉砕機)が必要となり、電気代も高くなります。しかし、生石灰から消石灰にする消化工程は不必要で、高濃度のCaを提供できます。結果的には消石灰を使用するよりもコストが下がることが判りました。
この微粉生石灰の案を旭化成に提示すると、賛成してもらうことができ、全量購入の約束を頂くことが出来ました。


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| けんおじ | 創業60周年 兼定興産社史  | 21:17 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
凄い♪おめでとうございます。懐かしいですね。延岡工場なんて・・・♪
|  グーフィ | 2007/10/10 6:44 PM |









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