兼定興産社史(37) 日本農産からサイロを購入
昭和40年後半から昭和60年位の間、国鉄労使は順法闘争や様々な問題で鋭い対立をしてきました。当時までは長距離輸送は国鉄貨車輸送、非常に近い場所は通運や運送でのトラック輸送でした。しかし、国鉄紛争の長期化等が原因になり徐々に長距離輸送もトラック輸送に置き換わっていきました。
日本農産は、餌を工場から南久留米駅まで貨車輸送していました。さらに南久留米駅構内に中継基地を建てて、小型トラックで顧客へ餌を配送していました。しかし餌もトラック長距離輸送による転換で、南久留米駅構内の中継基地は不必要になります。
兼定興産は、日本農産が南久留米駅構内の中継輸送を廃止することを聞いて、福岡市東区和白にある日本農産の工場へ、「中継基地を兼定へ譲渡して下さい。」と相談に行きます。
昭和60年(1985年)日本農産は快く、簿価に近い価格で中継基地を弊社に譲ってくれました。
この中継基地の施設は、30トンのサイロが6本もあり非常に優れものです。ただ当社としては、購入当時は具体的な利用法は考えていませんでした。

日本農産から購入のサイロ
現在の兼定興産包装設備(旧、日本農産中継基地)

兼定興産のホームページ
http://urban-green.jp/
も覗いて下さい。 「屋上緑化」が満載です。

かねさだ商事のホームページもアップしてます。
http://www.fukunet.or.jp/member/kanesada/
も覗いて下さい。
| けんおじ | 創業60周年 兼定興産社史  | 20:42 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









http://blog.urban-green.jp/trackback/816631