ミーシャンのよんでみ亭 東海道五十三次めぐり(55)  
桑名から 四日市へ 3里8丁
        〜六道めぐり その2〜


 相変わらずハッキリしない天気が続き、田んぼの稲も黄金色に色づくにはまだまだという感じで大丈夫かしら?今年の新米、などと心配しております今日この頃ですが、みなさんには如何お過ごしのことでしょうか?

 8月の痛ましい事故から、ここんとこ飲酒運転について非常にやかましくなって参りました。(※けんおじ注:ミーシャン2006-09-22の脱稿です。福岡市役所職員の飲酒事故で追突して、相手の車を海へ転落させて、幼い子供が亡くなった事故です。)
警察の取り締まりも厳しくなり法律的にも厳罰化されるとのことですが、わたくし思うに、飲酒運転はもちろんいけませんが、もっと問題にされるべきは飲酒のほうではないでしょうか。
世間を賑わしております最近のオトコの不祥事は酒ガラミがじつに多い!
酒の席で暴言を吐くなどはありきたりで、酔った上での痴漢やら性的ハラスメントの記事が新聞に載らない日はありませんね。
男のほうがストレスに弱いとはよく謂われるものの、いいオトナがストレス発散のため酒に呑まれて一線を越えてしまうってのはなんとも情けないことではありませんか。
腹に思うことと現実との境が酒を飲むことで曖昧になる――ような奴は酒を飲むべきではありません!
たとえ気に入らぬことが腹に溜まりに溜まっていようと、目の前にいる女性が(酒による多幸感から)言うことを聞いてくれそうに見えようと、酒を飲んだ勢いで実際に暴言を吐いたりセクハラしたりするその手前で、ぐっと思い止まるのが分別のあるオトナなのでありましょう。(もっと分別があればそんなこと思いもしないか)
そうできない輩は品性、すなわち酒品(こんな単語あったっけ)が悪いのであります。

大体、人類の叡智であるところの「酒」に対し、失礼であります。
古代中国の殷の時代、酒は神事のときに飲まれておりました。発掘された青銅器のじつに8割が酒器であります。為政者にとって酒を飲むことで神を降ろす(と考えられた)ことも祭りごとでありました。げにや酒は聖なるモノであったのであります。(とはいえ殷の滅亡の原因の一つは過度の飲酒から、という説もあり)
でありますから、酒をいつくしみつつ楽しく飲むことのできない輩は酒を飲む資格はないのであります。といって法律で彼らの飲酒を禁じることは出来ませんから、せめて酒席に彼らを呼ばないというのも手でありますが、それではあまりに消極的かつ人を教え導くという御仏の教えにも背きますので、ここはひとつ「酒品向上」を世論に訴え、社会運動として世の酒飲みの素行を清清しいものに変えていこうではありませんか!
ということでNPO組織「酒品向上委員会」を立ち上げようと思っていた矢先のことでありました。わたしが病に倒れたのは――。(強引な展開ネ)

極悪人は死ねば即、地獄に堕ちるそうです。
反対にチョー善人は即、極楽に生まれ変わるそうですが、大方の人間は死んでから7日ごとの審問を経た上、49日目に六つの世界のどこかに生まれ変わることが決定されるそうであります。

さてわたしはどうやら1つ目の審問を経て、川の手前までやってまいりました。
暗くて深くて対岸の見えない川のこっち側におります。「此岸」ですね。で向こう岸が「彼岸」。ああ、この川を渡ればもう戻れないのね〜と思いながらも足は前に前にと進んでいきます。

この川、“三途の川”というように渡り口がじつは三つありました。
善人は「有橋渡(うきょうと)」から橋を渡ってもいいそうな。
悪人には2通りの行き方があり、同じく川の中を徒歩で渡るにしても少し浅い瀬の所を渡る「山水瀬(さんすいらい)」に行けるのは比較的軽悪人で、重悪人は川の深いところ「江深淵(こうしんえん)」を水に流されながら渡らねばなりません。

その三叉の分れ道にさしかかるまで、わたしはずっと思い悩んでおりました。
悪いことをした覚えが無いから善人である、と自分では思っておりましたが、どんなに考えても善いことをした覚えもありません。
ということは不作為であります。不作為は不善であります。善じゃないなら悪なのでしょうか。じゃ、わたしは悪人なのかも・・。ううう。

中国は清の時代に書かれた「子不語」という書にある妖怪の話が出ています。
『一目五(いちもくご)先生』と呼ばれるこの妖怪は5匹連れであります。5匹のうち4匹には目がありません。1匹だけが目を1つ持っていて他の4匹はその目を頼ってものを見るので一目五先生というのだそうです。
一目五先生は疫病が流行する年に現れます。
5匹はいつもゆらゆらと繋がって歩き、人が眠っているところを狙いすまし、鼻で匂いをかぎます。1匹にかがれるとその人は病気になり、2匹、3匹とかぐ数が多くなるにつれ病は重くなり、最後の5匹目がかぐと死んでしまうのであります。
銭某という人が旅籠に泊まったときのことでありました。
同宿の客が寝静まった後、銭某だけがなんだか眠れずにいると、急にあたりが暗くなったかと思うや一目五先生が姿を現したのです。
1匹が一人の客の匂いをかごうとすると一目先生が、
 「その男は善人だ。かいではいかん。」と言いました。また別の1匹が一人の客の匂いをかごうとすると、また一目先生が言いました。
 「それは福運のあるやつだ。かいではいかん。」また別の客をかごうとすると、
 「それは悪人だ。かいではいかん。」つづけて一目先生は言いました。
 「あれがいい。あいつは善いことも悪いこともせず、福運もない。あいつを食おう。」
1匹がその男に近づいたかと思うとクンクンにおいをかぎ始めました。と、残りの妖怪も続けてかぎ始め、最後に一目先生もかぎ始めました。
その男の寝息は少しずつ弱くなっていきましたが、それにつれ5匹の妖怪の腹は少しずつ膨らんでいったのです。

なぜ、悪人を食わない!?
一目五先生に食われたのはわたしだったの? ううう・・・。 (つづく)

   【四日市】〜三重川〜
四日市1

 動きのあるいい絵ですね。広重の、雪や雨や風を描いた風景画には思わず引き込まれます。

四日市2
     
 *五十路(いそじ)あまりに三宿(みしゅく)のたびも
                けふは都へ四つかいち*

  「此処の女四百文にても一ばんの本々を商なふに故
   四百で一ばんをつづめ四ヶ一と云(いハ)と
   されど一ばんにハかぎらずへのこの力のつづくたけハ
   交合(とぼ)すべし宿の名によつて遠慮することなかれ」

   書き入れ/なにをそんなにふさぐのだ
        気のよハいにもほどがある
        コレサどうしたもんだ
        おぼこじやァあるめへハス

       /それでもなんだか

もしそふことができるんだろうと思ふといつそふさぎます

前回同様シブい絵ですね。次回もこの上品さが続くのでありましょうか。
最後のこの場面だけご覧の方にはそろそろ飽き足らないと思いますが、待っててね〜。
ではまた。
                           亭主敬白

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| けんおじ | よんでみ亭 | 08:43 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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