ミーシャンのよんでみ亭 東海道五十三次めぐり(57)  
石薬師から 庄野へ 27丁

   〜六道めぐり はお休み〜

先日の大同窓会、みなさんお疲れ様でした。
小●君、申し訳ない。間違えて大変失礼いたしました。
※けんおじ注:ミーシャン2006-10-17の脱稿です。

大同窓会、今年は2年先輩の46会の担当でしたが、記念品は凝った明善の絵葉書セットで、これについては喧々諤々いろいろ評価がありまして、感触としてはイマイチという声もありましたが、パンフレットの方はとっても素敵で中に昔懐かしい北校舎の講堂の写真も載っていました。で、思わずわれら1年生時の文化祭のことを思い出しました。

当時わたしは1年4組、担任は斎△先生。それはまだ入学してまもなくのことだったか今はもう定かに覚えておりませんが、旧校舎(北校舎)の教室から山吹色のスリッパのまま昼休みに沖食堂にラーメンを食いに行ってまして、“スリッパで沖食堂”は長年の伝統であると思い込み「よかにァ〜、高校生ちゃあ。明善は便利かにァ〜。」とパタパタ出掛けておりましたが、誰かが先生に見つかったでしょうか、ある日突然、『昼休みの沖食堂昼飯禁止』令が発動されたことは以前このコラムで書いたような気がします。あら、文化祭のことでしたね。

1年4組の出し物というか企画は、蛍光灯に青や緑や赤や黄色のセロファンを巻き暗くした教室にブリジストンから頂いてきたマットレスの中身のウレタンを敷き詰めて迷路をつくり、そこを客に歩かせるというものでした(たぶん)。たしかそのころの映画で『ミクロの決死圏』というのをヒントにした体内巡りみたいな意図だったろうと思います(たぶん)。
なんと言っても初めての高校文化祭。右往左往するうち愈々文化祭前日。夕方も大分遅くまでみんなで飾り付けに精を出し、やっとどうにか仕上がって三々五々級友達は帰宅の途に就いたのでありますが、どうも遠くから通学している連中はまだまだ家に帰りそうにない雰囲気でした。わたくしその頃は学校近くの瀬の下に住んでまして家に帰ったので知らなかったのですが翌日の文化祭当日、じつはあれから酒盛りしてウレタンの中でみんなで泊まったっちぇ〜と級友から聞かされたのです。16歳のウブな少年(わたくし)は、ぶったまげたのでありました。
思えば、自由で放埓でお気楽な高校生活でありました。
2年の修学旅行では(7組、担任は吉×先生)G君は宿屋で夕食後の自由時間になり部屋に入るやナップサックからおもむろにサントリーレッドの大瓶を取り出し、さあ、飲もうじぇ〜と酒盛りを始めるし、女生徒の部屋に泊まりに行くやつもいたし、しぶいのは旅館の風呂に入らず近くの銭湯に行ったやつ。また後から聞いた話では京都での観光等せずにゴルフ場に行って1ラウンド回ったという剛の者もいたそうな。今我々がやっていることを早くも高校2年生で先取りしてたのね。
ですが17歳のウブな若者(わたくし)は酒も飲めず煙草も吸ったことなく、ただただ彼らのフリーで大人びた行動を、指をくわえて見ているだけでした。 あ゛〜 あの頃は。ハ!・・今のわたくしを知る人は到底信じないでしょうけど。

で、北校舎の講堂であります。
たしか北校舎とは2階で繋がっていたと思います。したがって講堂は2階にあったということかしら。文化祭ではそこで3年生が劇をしていたのをうっすらと覚えています。たしかナンセンスなドタバタをまじえたもので、谷岡ヤスジの漫画に出てくる「アサ〜」と言う“鳥”が大ウケしてたような。ともかく3年生(今年担当の46会)がもの凄く大人びて見えました。
級友達のアグレッシヴな行動といい3年生の大人っぽさといい、半年前に明善に入りなんと沢山の優秀でカッコいい人間がこの高校に集って来ているという現実に気付かされて自信を失いかけていたわたくしはまたしても、自分の子供っぽさに呆れ自分の幼稚さに自己嫌悪を覚えて気持ちは深く落ち込んでいったのを昨日のことのように覚えております。単純というかナイーヴというか、遅れて来た思春期だったのね。

ああ、だがしかし、もう今は昔のおはなしとなりました。北校舎も講堂も体育館もスッパリと無くなりました。ついでにわたくしのそれなりに瑞々しかった感性も、ね。

では東海道であります。
 【庄野】〜白雨〜
庄野1

 みなさんご存知の絵ですね。雪の蒲原か雨の庄野かと言われるぐらい有名ですが、宿場そのものは前回の石薬師の時に申し上げたように旅籠数も少なく、どちらかと言えば貧宿であったようです。絵からそんな雰囲気も多少は伝わってきますでしょうか。
 前回と言えば、一つ訂正があります。
申し訳ありませんでしたが、石薬師のあった鈴鹿市は愛知県ではなく三重県でありました。
三重県在住の同窓生からお叱りのメールをいただきました。謹んでお詫び申し上げます。
(でも、鈴鹿市ってどの辺か、三重県ってどの辺か、よくわかんなーい。ゴメン)

庄野2
     
 * 志ようのわるいと志りつつほれる
      わたしやくらうが志てみたさ *

 「いうふくなる翁(おきな)ありしが
  天性ふしぎなじんばりにて若き妾を多くかかへ
  昼夜をわかたずそバへ引寄(ひきよせ)さァ一番交合(しよう)のう
  晩にも一ばん志やうのうといふ口癖を所の名として
  ついにしやうのと云ふと也」

  書き入れ/アアいいよいよい子だ
       いいヨいいヨもつと口もとをソレソレ
       アア出る出る
       ソレばうの小べんが

      /ゆびにんぎやうを
       つかつて見せるから
       なきなさんな
       ソレどうだどうだ

だそうでございます。
よく分かりませんが、毎度こんなもんですね。
ではまた次回。
                     亭主敬白 

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| けんおじ | よんでみ亭 | 10:52 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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