ミーシャンのよんでみ亭 東海道五十三次めぐり(60)  
関から 坂下へ 1里半
      〜六道めぐり その6〜


世の中で、
   一番さびしいことは、仕事がないことである。
   一番みにくいことは、人をうらやむことである。
 
先日ある御宅をお伺いした際、玄関に掛けてあった額に書かれた言葉であります。
冒頭には「福沢諭吉 心訓七則」とあり、他にも一番立派なこと、みじめなこと、尊いこと、美しいこと、悲しいことと併せて七つが箇条書きにして並べてありました。(みなさんもご覧になったことあるかと思いますし、あるいは持ってある方もいらっしゃるかも。)

さすが福沢先生であります。
すべてに愛情を注ぎ、教養を身に付け、嘘をつかず、一途に仕事に専念し、以って社会に貢献する・・・という人生の指針を「心訓」として人々を教導されておられるわけで、全く以って御もっともと存じ上げますが、あとの五則はともかく、初めに述べたクダンの2か条が昨今迷えるわたしの胸に重く響いたのでありました。

みなさまには恙無くお過ごしでしょうか?
ツツガムシはいなくなっても、狂犬病や鳥インフルエンザやエイズ・イジメ・無差別テロ・通り魔・飲酒運転車などと遭遇しないだけ幸甚としなけりゃいけない現代も結構きびしい時代ですね。まあ、志ん生の落語のマクラにも「長生きしようってんで酒止めてタバコもよしたら自動車にぶつかっちゃった〜。」とあるぐらいですから成り行きに任せるっきゃないわけですが。

はなしは福沢諭吉に戻ります。
ご存知の様に慶応義塾の創設者にして「西洋事情」「学問ノススメ」などを著した教育者・文筆家であり、大隈重信とともに英国流政党内閣制による国会の開設を政府に要求し(無論福沢は在野のまま)、明治14年の政変で大隈が参議を罷免されるや伊藤博文らの政府高官と絶縁した後は“不偏不党”の日刊紙「時事新報」を発刊、また朝鮮の改革派の金玉均を大いに援助しアジア各民族による欧米的民主化を構想した啓蒙思想家でもありました。もっとも金玉均が李朝朝鮮により暗殺され無残な追刑が課せられるに及び、絶望した福沢は、日本の指導下によるアジアの民主化にその目標を転じましたが。
・・・ああ、在野の識者や心ある人々は、当時の中国や朝鮮の惨状を見るにつけ列強が植民地化を狙うアジアの、自主独立と民主化を素朴に願っていたと思います。が、この国の置かれた立場や経済的状況や、なかんづく明治維新前後に余りにも多くの俊英が斃れてしまったという不幸が、それからのこの国の進む方向を徐々に誤らせて行った、と思いますがいかがでしょう。
ああだがしかし、これは言っても詮ないことですね。
ですが詮ないことをもっといえば慶応2年、京都の治安を守るため京都守護職にあった会津藩主松平容保に全幅の信頼を置いていた明治天皇の父君孝明天皇が、宮中で俄かに崩御(専ら毒殺の噂)、会津は一転して戊辰戦争で賊軍とみなされ、明治天皇が最も愛された臣民である西郷隆盛は西南戦争でこれも賊軍の大将として自刃。くだって太平洋戦争開戦直前、御前会議で昭和天皇が「米英に勝てるのか?」と御下問され、この国の首脳陣の誰もが、勝てないことは分かっていたにもかかわらず、そうは申し上げず無責任にも「もはや他に選択肢がございません」、ということでナシクズシ的に戦争に突入。天皇の終戦の詔勅がなかったら本土決戦の後この国は分断されていたでしょう。
つまりは大政奉還後の天皇親政も名ばかりのものでありました。結局、天皇を利用するというこの国の伝統を、維新で生き延びた薩長の二流の人材が引き継いだところにこの国の不幸があったのだと思います。
以上、久し振りエラソーに書いてしまいました。

ところで「心訓 七則」なのですが、どうやらこれはデッチ上げみたいですね。同級だった○○君(慶応大学卒)に会ったら聞いてみたいのですが、慶応義塾のHPでは公式に福沢の言葉ではないと否定しています。福沢の熱烈な信奉者か、または商魂たくましいアイデアマンが作り上げたものだそうな。それにしてもよく出来ていて感心させられます。

さて、感心してばかりもいられません。
前回の話のつづきであります。
六つの鳥居が六つの世界に通じていると申し上げましたが、それがつまり六道であります。天道・人道・修羅道・畜生道・餓鬼道・地獄道。
死後に「道(ゆ)く」世界。
このうち地獄道・餓鬼道・畜生道は三悪道といい、人間の持つ煩悩のうち三毒と呼ばれる煩悩のゆえにおもむく先がこの悪道であります。三毒とは、瞋恚(シンイ)(怒り・憎しみ・怨みなど憎悪の感情)・貪欲(むさぼり)・痴愚(おろかさ)であり、それぞれ地獄道・餓鬼道・畜生道に堕ちるそうですが、そうは簡単に割り切れないのが死後の複雑なところ。
別に十悪というのがあって、大辞林によれば人間の基本的な十の罪悪のことで、殺生・偸盗・邪淫・妄語・綺語・両舌・貪欲・瞋恚・悪口・邪見の総称だそうです。
人間に本来備わった罪悪ならみんな地獄行きに間違いないはずなのですが、よくしたもので反対の十善というのもあって、同じく大辞林によれば、十悪を犯さないこと(!)とあり、結局は悪を犯さないことが善であるということに落ち着くわけですね。(さすがバランスを重んじる東洋哲学ね)
とはいえ生身の人間ですから十悪と十善の間を行ったり来たりするうちに死んで来世に生まれ変わるというわけであります。

・・・わたしは、できることなら人間に生まれ変わりたいと思っておりました。でダメなら、飼い猫。生来怠惰ですので、畜生でもいいけど飼い猫。野良はいやですね。一歩譲って飼い犬。
神さま、仏さま〜お願いしますゥゥゥゥ。

さてわたしが鳥居をくぐった先は、みなさんのご推察通り・・・
(なかなか進まないけど、つづく)

それでは東海道であります。
  【坂之下】〜筆捨峰〜
坂下1

関宿から坂之下(坂下)宿に向う途中右手に聳える岩根山を望んだ絵であります。
むかし狩野元信がこの山を描こうとしたとき、あまりの天候の変化に呆れ果て筆を投げ捨てたことから筆捨山と呼ばれるようになったそうです。
広重の筆使いはそのことを意識してか、この山は一段とリキが入っているような。
この絶景を臨む茶屋で旅人達がそれぞれに憩うております。(下図は拡大したもの)
坂下2
坂下3
     
     *さかハてる日もまた雨の夜も
      あハにやこころがやすまらぬ *

  「坂の下の人ハミなふんどしを志めず
   されば馬士(まご)歌にも『さかハふかふか云々
   の文句あり
   とかく男根(へのこ)ハはなし飼にて育てべし
   ふんどしをすれバのびすくなしと也」

   書き入れ/わたしや モウ
        いきさうだヨ
        ソレソレ アア いくいく

       /おれも モウモウ
        それそれ
        アア いくいく

ときどき牛の泣き声が入ったりして牧歌的。
ともかくよかったねェ〜って感じだけど、どんな体位なの。

ということで今回はおしまいです。
                         亭主敬白 

兼定興産のホームページ
http://urban-green.jp/
も覗いて下さい。 「屋上緑化土、屋上緑化」が満載です。

かねさだ商事のホームページもアップしてます。
http://www.fukunet.or.jp/member/kanesada/
も覗いて下さい。
| けんおじ | よんでみ亭 | 15:12 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









http://blog.urban-green.jp/trackback/870896