ミーシャンのよんでみ亭 東海道五十三次めぐり(64)  
石部から 草津へ 2里半7丁
 〜六道めぐり その9〜

いま2月なの・・・?
  ※けんおじ注:ミーシャン2007-02-17の脱稿です。
あまりの暖かさに、これはもう超異常気象と言うしかない状況になってまいりました。
このまま行けば近々確実に人類は滅ぶな、という予感がしてならない今日この頃、皆さまには益々お元気でご活躍のことと存じ上げます。

  年月をいかで我が身におくりけむ
        昨日の人も今日はなき世に  (西行)

円安でとくに輸出関連企業が最高益を上げただの、好景気が最長記録を更新中だの、来年の新卒は超売り手市場だの、我が国の産業界はなかなか好調のようですが、どうなんでしょうか。少なくとも地方経済は沈滞したまま景気がいい話なぞ滅多に聞きません。どころか暗い話ばかり耳に入ってくるのは、エヘヘ、類は友を呼ぶってやつでしょうかね。そうして思わず知らず、もののあわれを感じる方へ傾いてしまうのは私の性分でありましょうか。はたまたリビドー(フロイトのいう性的エネルギーじゃなく、ユングの心的なそれ=生命力のことです)の低下なのでしょうか。
・・では盛り上がりませんので、ここはひとつ酒でも飲んでパーッと浮かれてみましょうか、「雉も飲まずば浮かれまい」ってね。

というわけにもいきませんので、フロイトの方のリビド−を幾分なりと高めるべく毎度お馴染みの『膝寿里日記』からお送りします。

〜石部〜
「右に横田川の流れあり。むかで山見ゆる。昔、俵藤太(たわらのとうだ*)勢多のはしにて龍女をとらえ交合(トボ)さんとしけるに、藤太が一物世の常ならねば雁くび陰門の蓋となりいかに推せどもさらに這入らず。ココにおいて鈴ぐちから雁のまわりへ唾をなすりふたたび陰門へあてがつて一推しおせばズブズブと何の苦もなく這入りしと。世の人これお聞きあやまり矢の根へ唾をはきかけて百足(むかで)を射しと云いつたふ。梅ノ木『和中散*』あり。手孕(てはらみ)村、此の所の人他国へいきしとき女房を人にあづけたるに、その人ことに律儀にてあづかり置きたるかの女を他人のトボさんことを恐れ、毎夜おのれが手を以って女の陰門に蓋して寝(いね)しと。女は乗り気に感じてやツイに孕めることあつて程なく一箇(いっこ)の手を産みしと。いともあやしき説なれど聞けるまにまにこれをしるす。目川に名物田楽あり。くらふべし」
 *俵藤太・・・平安中期の武将で平将門を討ち取った藤原秀郷のこと。
        弓の名手で瀬田の唐橋に巣くう大蛇(じつは龍女)に
        懇願され大百足を射殺したという伝説あり。
 *和中散・・・道中薬。本舗は茶屋本陣も兼業していた。

相変わらずお下品で、すごいこじつけの道中案内であります。「いともあやしき説なれど聞けるまにまにこれをしるす」なんて、いーかげんで微苦笑。でも歴史の勉強にはなりますわな。ついでに、
〜草津〜
 「名物うばが餅あり。矢ばせを乗れば大津まで湖上1里半余。野ぢの玉川、野路の里この先の茶屋女陰門湖(うみ)にあやかつてその穴いたつて大(おお)いなり。人大開(たいかい)の茶屋とよぶ。五軒茶屋このへんより大津までの間をまらの入江又まのの入江ともいふ。鳥い川村これより石山へ18町。この道ほたる多し。ほたる狩りはいろごとをするにたよりよし。石山の観音は紫式部が源氏物語がたりを作りしとこにて種々(さまざま)の宝物多しといへどもこれを略す。膳所(ぜぜ)いにしへの粟津なり。義仲、兼平、はせを*の墓あり。この辺すべて風景よし。湖上18里そのかたち陰門のごとし。されど陰門(びり)のうみといひては聞こえ悪きとて琵琶(びわ)のうみとよぶ。このわたり旧跡多けれども男根(まら)の大筋のみをしるして陰嚢(きんたま)の用なき所ははぶきてのせず。」
 *義仲・兼平・・・木曾義仲とその配下の今井兼平のこと。頼朝軍に
          攻められ粟津で自害した。
 *はせを・・・松尾芭蕉であります。

 いや〜、頭がパーになりそうですね。
尚、上の*注にある3人の墓がある義仲寺は次回ご紹介する大津の手前にあります。
ついでに記せばこの寺の無名庵にある句碑。

 木曾殿と背中合わせの寒さ哉   (又玄)

芭蕉は遺言でここに葬られたので、古川柳。

 風流と武勇背中合わせなり

ああ、だがしかしなかなか気分が盛り上がってまいりませんね。うう、また沈みそう。
 
 人生五十年化天のうちをくらぶれば夢幻のごとくなり

あ、このフレーズは以前使いましたね。信長で有名な「敦盛」の一節。
ちなみに化天(げてん)は、6道の内の『天』の1種である化楽天の略で、そこに住む天人は8000年の寿命を保つそうです。その寿命の長さに比べたら50年なんて・・・。信長は49歳で死んだけど。
庶民は、というと、

 いいかげん損得もなし五十年  (古川柳)

で、いまのわれらと同じ52歳で死んだ井原西鶴の辞世。

 浮世の月見すごしてける末二年

さてわたしら末何年まで、月を見られるものやら・・・。

 【草津】〜名物立場(たてば)〜
草津1

先ほどの道中案内でも出ましたが、草津を過ぎた立場(街道筋の休憩所)にあった名物「姥ヶ餅」を商う茶屋を描いており、看板に「うばもちや」とあります。相当繁盛しておりますね。初めは「乳母ヶ餅」といったそうですが。
草津2
    
 * 人のわきがをとやかういふが
    本”々のくさつにァましだらう *

 「此辺の女陰門いたつてくさし
  くさきものを嗅げバかならず唾(つ)をはく也
  依ってくさつといふ
  弘法大師此のことをききなひ
  その悪臭をふうじたまふ
  依って今ハ陰門くさきもの一人もなし」

  書き入れ/こたつのぬく本”々は
       またかくべつのあぢがするぜ

      /さうかへ
       わたしもなんだか
       いいよいいよ

楽しんで頂けましたでしょうか?
東海道五十三次もあと2回を残すのみとなりました。そこで、お下劣とは存じますが、名残惜しいと思われる向きに前々回よりご紹介の『日記』巻末の道中案内を五十三次の初めよりご披露しようかなと筆者考えております。いかがでしょうか? まあ、例の調子でショ〜もないシモネタばかりなので、些か逡巡しても居るところであります。

ではまた次回。
                      亭主敬白

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| けんおじ | よんでみ亭 | 14:07 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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