ミーシャンのよんでみ亭 六道めぐり(13)
明けましておめでとうございます。
本年もけんおじブログをよろしくお願いいたします。
本年の第一回目は、格調高くミーシャンの読んでみ亭で始めます。
ただ今回は格調高い浮世絵はありません。ご免なさい。

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六道めぐり(13)

 しずやしず しづのをだまき くりかえし
      昔を今になすよしもがな  (静御前)

さて春の過ぎ行くのは早いものでもう5月に入りましたが、皆さんには如何お過ごしのことでしょうか。
 ※けんおじ注:ミーシャン2007-05-02の脱稿です。

新年度を迎え、同級生各位のご家庭も子供さんの巣立ちなど身の回りの環境が激変された方もいらっしゃるかと存じます。

手前ごとで恐縮ですが筆者の子供達も上は新社会人、下は新入生としてそれぞれ親元から離れて行きまして、まあ家の中の風通しのよくなったこと!家の中さっぱりとガランドウになってしまいました。

ちょっと前までは就職祝いや合格祝いで家族揃って乾杯の連続でしたのに、やっと落ち着いたと思ったら辺りはやけに静かで・・・うう、すごく寂しいわ、てな感じであります。

友人が教えてくれた所によるとこの感覚は“空の巣症候群”というのだそうで、そういう親は喪失感というか空白感から思わず知らず不良(または一層不良)になるのだそうな。

「社会に貢献すべき分別盛りのいい大人が、豈そんなことでよからん哉?」
「うんにゃ、いかん。世のため人のため、なーもしとらんじゃろが。」と内なる声は確かに聞こえていても、さもあらばあれ昔を今になすよしもがな(昔のあの頃に戻れたらなァ)などと夜毎盃を重ねている昨今でございますが、流石にここんとこ酒の、功徳より害毒のほうがどうも甚大じゃないかとつらつら思う訳であります。

酒の上での舌禍もあれば痴話もありそれだけでも百害あるのに、夕方早々と頭の中が混濁するから一日経つのがなんとまァ早いこと。このまま行けば文字通り“酔生夢死”の人生一巻の終わり。こりゃ、いかんでしょ。

で、いにしえの名僧にそこんとこ当たってみたところ、
法然さんは「酒を飲むのは罪にて候か?」と問われたとき「まことには飲むべくもなけれど、この世のならひにて」と答え、日蓮さんは「ただ女房と酒打ち飲みて、南無妙法蓮華経と唱へ給へ」と教えたとか。

わたくし浄土宗ですので「南無阿弥陀仏」と唱えながら女房と酒を打ち飲めばいいわけね。
ついでに話は奈良時代に遡ります。

古代からの名族大伴氏の氏の長者(うじのちょうじゃ)旅人は太宰師(長官)として九州へくだって来ます。2階級特進の出世とはいえ成り上がりの藤原氏によって体よく都を追い払われたと旅人さんも思っていたのでしょう、都を遠く離れ日々鬱々として楽しめなかったようですが、3〜4年間の太宰府在任中に作った歌の中に『酒を賛(ほ)むる歌13首』があります。

 験(しるし)なき 物をおもはずは 一杯(ひとつき)の
           濁れる酒を 飲むべくあるらし

「言っても詮のないことを思うくらいなら一杯の濁り酒を飲んだほうがマシだ」くらいの意味でしょうか。わたくしもまったく同感でありますが、どこか投げやりですね。

 賢(さか)しみと 物いふよりは 酒飲みて 
   酔(ゑい)泣きするし まさりたるらし

 黙然(もだ)をりて 賢しらするは 酒飲みて
     酔泣きするに なほ若(し)かずけり

「賢(かしこ)ぶってエラソーにするよりは酒飲んで酔っ払う方がナンボいいか」これまた同感ですが、旅人さんの酔癖はどうも泣き上戸だったと推測されます。

 あな醜(みにく) 賢しらをすと 酒飲まぬ
      人をよく見れば 猿にかも似る 

うう、ここまで言うか。

旅人さん賢しらな下戸の人から「酒飲みめ」とバカにされ、よっぽど腹に据えかねたか、或いは長官といっても生え抜きの地役人達との仲もしっくりいってなかったかも知れませんね。

上の4首はいささかスネた物言いの響きがありますが、そこは武門の家とはいえ当代一流の教養人。こんな酒に対する賛歌も詠んでおります。

 古(いにしえ)の 七(ななつ)の賢しき 人どもも
      欲(ほ)りせしものは 酒にしあるらし

ご存知、中国は魏晋時代(奈良時代から遡ること500年前)竹林で酒を飲み琴を弾いて清談を語り合った七賢人の逸話を踏まえておりますが、都を席巻する藤原一族の横暴さを思い、我が身の清廉さに対する矜持と無念さがが感じられますね。かくてヤケになるのもムベなるかな・・・。

 なかなかに 人とあらずば 酒壷に
   成りにてしかも 酒に染みなむ

いくらなんでもわたくしここまではまだ至っておりませんが、気持ちは十分わかるかと。

ですが彼が耽溺とまで言われてもおかしくないほど酒を愛したのも、追われるように大宰府へ赴任して間もなく都に残して来た妻が亡くなったのが大きな原因でしょう。
その凶報が届いたときに詠んだ歌。

 世の中は 空しきものと知る時し
  いよよますます 悲しかりけり

ううう、その悲しさはいかばかりであったことでしょう。
『酒を賛むる歌』には、また次のように詠まれております。

 生者(いけるもの) つひにも死ぬる ものにあれば
      今(こ)の世なる間(ま)は 楽しくあらな

 今(こ)の世にし 楽しくあらば 来む生(よ)には
         虫にも鳥にも われはなりなむ  

「人の命というものは儚いものだ。さあ、生ある間に楽しもうじゃないか。酒を飲み今このときを楽しめれば、死んで来世でたとえ畜生道に落ちようとも悔いはない。さあ、大いに飲もう」

まったく以ってその通りであります。

 価(あたい)無き 宝といふも 一杯(ひとつき)の
        濁れる酒に あに益(ま)さめやも

ということでわたくし覚醒いたしました。
春宵一刻価千金、今宵もまた迷い無くお酒を頂くことにしましょう。

 時はいま あめがしたしる さつきかな

南無阿弥陀仏。
                       亭主敬白

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