ミーシャンのよんでみ亭 六道めぐり(14)
六道めぐり(14)
    100回記念特別編


君子固(もと)より窮す。小人は窮すればここに濫す。
            (『論語』衛霊公編)

今年も早いものでもう6月となりました。
毎日暑い日が続きますが、皆さんお元気にお過ごしでしょうか。
 ※けんおじ注:ミーシャン2007-06-12の脱稿です。

さて突然ですが、このコラムもお陰さまで100回目と相成りました。
これも偏に読者の皆さま、ならびにこのHPの管理者たる○○君の御好意の賜物と、まことに感謝感激この上もない次第であります。

それにしてもこんなに長く続くとは私も思ってもみませんでした。ですが(というか)ですので、さすがに東海道シリーズを終えてのちネタ探しに苦労しております。おかげで記念すべき今回もとうとう月初めの締め切りに間に合わず関係者各位にご迷惑をおかけしました。ごめんね。

まずは御礼とお詫びを申し上げ、100回目をぼちぼちと始めるとしましょう。

隣村のA氏が青天の霹靂たる急病に倒れすでに3ヶ月になります。
ああもうそんなになるのね―と思われますが、本人の心がけがいいのと御家族の篤い看病と、加うるに(たぶん)友人一同の励ましにより経過は良好で、病院内をリハビリがてら歩き回るほど快復されました。このままの調子で行くと早ければあと1ヶ月余りで退院できるかも、と本人の弁(6/6現在)。んん、結構元気なんで病室でかなり退屈みたいでありました。

彼の場合、病因は開業の疲れやストレスかと思われますが、直截的な原因は飲酒のようにも想像できる所でして、前回のコラムでは脳天気に酒を褒めておりましたのですが、思い起こせば本来酒飲みのヘキのなかった彼がわたくしとの積年の付き合いによって結構な“呑ンベ”に成長したということは否定できない事実でありまして、今回の緊急入院の遠因はその辺にあるんじゃなかろうかと、わたくし責任を痛感しておるところであります。

てなわけで忸怩たる思いで居りましたわたくしでありましたが、とうとう日頃の不摂生が祟ったのか、はたまたどこまでも友達付き合いがいいのでありましょうか、10日ほど前からどうにも咳が止まらず、近くの病院へ駆け込みました。
で、レントゲン後の医者の見立ては「肺気腫&喘息」ですと。植木等の病を例えに出して喫煙を脅かされた次第。1週間の処方を受けて帰りましたが、その1週間が過ぎても咳き込みは止らず、再び病院へ。
2度目はCTスキャンして診察。「ありゃ、肺炎だったみたいですね。」だと。
「肺ガンではありません。」だと、付け足すようにおっしゃった。
慰めてくれてるのね、ガンじゃなくってヤレヤレって・・・「バカヤロ〜!!!」
ということで山のように薬をもらって帰って参りました。いまだ咳はとれず只今静養中であります。

ときは紀元前497年、中国は春秋時代の真っ只中であります。
ただいまの山東省にあった魯の国の大司空(法務大臣)であった孔子は、魯が孔子による政治刷新で国力が強大になるのを恐れた隣国斉の謀略(80人の美女を魯に送り込む!)によって君主の定公らが骨抜きになり政治が疎かになったことに絶望し、この年弟子らを連れ仕官を求めて旅に出ました。孔子55歳であります。
それより衛、宋、陳と遍歴いたしますが前489年、楚の昭王の開明ぶりを聞いた孔子は楚を目指します。ところが国境付近で暴徒達に包囲され動きが取れなくなりました。陳は呉に侵略されてただでさえ飢饉の上、一行の食料も底を尽き、飢えと疲れで病人も出てきました。一方「史記」に拠れば、大国の楚が孔子を招聘していることに危機感を抱いた小国の陳と蔡が軍隊を出して孔子一行を包囲した、とあります。
なにしろ孔子の生涯の中でも最も危機的状況でありました。

「陳に在りて糧を絶つ。従者病んで能(よ)く興(た)つことなし。
子路慍(いか)って見(まみ)えて曰く、君子も亦(また)窮すること有る乎(か)。
子曰く、君子固より窮す。小人窮すれば、斯(ここ)に濫す。」

孔子に付き従ってきた弟子達も飢え病み疲れて立ちあがることもできなくなった。そのとき気が短かい子路は我慢できず孔子に詰問したのである。
「(善意を以ってせば善意で報いられるという孔子の日頃の教えに反し)君子でも窮するときがあるのですか?」
「もちろん君子も窮するときはあるのだよ。ただ違うのは、小人は自暴自棄になって道を外してしまうのだ。」

結局孔子一行はなんとかこの危機を脱出いたしますが、この衛霊公編には他に次のような名言もあります。
 
 「子曰く、人、遠き慮り無ければ、必ず近き憂い有り。」
    ・・・先のことまで考えない人に限って、クヨクヨと身近な心配をするものだ。

 「子曰く、已(や)んぬるかな、吾れ未だ徳を好むこと色を好むが如くする者を見ざる也。」
    ・・・へへへ。同感です。

っとまあ、君子を目指すとまではいきませんが、“窮すれども濫せず”ようにこれからの人生を送りたいものですね。

――という締めの言葉で100回記念編を格調高く終わりたかったのですが、そもそもこのコラムのタイトルは「古文書を読む」というものだったような気がしますので、オマケに江戸時代のものを軽く載せてオシマイに致します。あのよろし。

口すい1

〜口どりの図〜  くちどりの仕やうハ男女ともニ

上の口びるをのバしてわが上歯をうハ口ひるのうらへ付てむかふの舌をわが舌にまきてずいぶん歯のさハらぬやうにすふべし尤(も)まらのねぶりやうも右に同じ

ううう、そうだったのねとか言ってこんなん読んで勉強してた奴はきっとモテなかったんでしょうな。

口すい2
    
 ・・・わたしハほんとうに腹が立ちましたハ。
 それよりか芦久保庵とおたまさんが囲ひの内でなんして居たとハ。
 どんな事をして居たのだか。話して聞かせなどいハれてふつと赤らむ顔。
 
少し小声にぐじぐじと。つひ腹立ちまぎれにそんな事を申しましたのでございます。どんなことをいたしてをつたかぞんじません。
それでもお前お見じやァないか。ハイ。それ〇〇ないのかへ。はい。
そんなら大方こうしていたのじやァないかとその花が手をしつかりにぎり引き寄せようとするするときに往きあふ船と船との小べりどんト当たれバその花ハはつとびつくりそのままに花流(かりゅう)がそばへ寄り〇を。背なへ手をうけ抱きすくめ女の顔へ顔おしあて頬のあたりをなめまハせば女ハうれしさはずかしさ。こハごハ少し舌を出だすを・・・(つづく)

ということで今回は無事終了です。
次回からもよろしくお願い申し上げます。
                           亭主敬白

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| けんおじ | よんでみ亭 | 13:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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